Stap事件 ー(NHKに代表される軽々しい取材と報道に踊る)軽率な日本社会

Stap事件に絡んで、偏向かつ思慮不足な報道に踊らされ、過激なバッシングを平気で行った現代の日本社会の軽さと言うか、浅はかさが露呈した。

 

現代社会は、新聞、雑誌、ラジオ、テレビなどの報道を受けるだけでなく、PC、携帯電話、スマホなどのインターネットを通して双方向に情報交換でき、しかもビジュアルに映像を受発信できるコミュニケーション社会である。

特に、注目すべきは情報伝達の速さとそれらの情報に対する反応の分かりやすさであろう。そうした社会が過去10年くらいの間に急激に発展してきたために、まだまだ情報共有に偏りはあるものの、様々な立場の人たちが話題を共有して発言し批評するようになり、有名無名の人々によるネットコミュニティが活躍している。

 

理研が2014年1月29日にStap細胞という再生医療分野の基礎研究成果をビジュアルにメディアに放出した瞬間、極めて学術的専門性の高い成果以上にリケジョ小保方晴子氏というスター誕生ニュースが情報ネットを駆け巡ったのである。猫も杓子も挙って、世界的発明の「Stap細胞」とともに「小保方氏」を中心に科学的キーワードはもとよりファッション的なキーワード等様々な話題に狂奔した。そして、報道のプロたちは金になる絶好の題材として取材活動は過熱していった。

 

そうした中で、ネット2チャンネルでは「オホホポエム」などといった理研内部の人物でないと分からない論文不正や研究捏造を暴露するかのような不満分子たちが囁いていた。

そして、10日もしないで論文不正を主張する情報が表面化し、それを報道が大々的に報じ、世紀の発明も作り話の扱いにされて晴れの舞台に立ったヒロインは論文不正を犯した犯罪者と見下され、個人の粗探しとも思われる情報が粗雑な言葉で報道されたり、ネット社会で下種な話題が乱れ飛んだりもしていった。

 

しかし、一旦ヒロインとなった小保方氏は一身に論文不正の集中砲火の中にあって、理研も報道人もヒロインに関わることが中心の取材となり、Stap幹細胞やキメラマウスという重大な実験担当の若山教授への取材までもが小保方氏の不正を追及することが中心になっていた。そのため、若山氏が論文撤回を呼びかけた全ての原因は小保方氏の不正にあるかのような話題にしかならなかった。

 

本来、あのnature論文は共著者が名を連ねているので、成果もそれぞれの著者に分配されるのだから、不正の責任もそれなりに追う必要があるし、不正とされる不備の原因は協調体制の欠如であるのだが、世間の話題はヒロインの不正追及を好んだ。

 

そして、若山氏の若山研マウスと異なるマウス持込み発言をジャーナリストが真に受けて報道すると、瞬く間に捏造の科学者のヒロインが作り上げられた。それを機に論文作成を指導したCDB副センター長であり、世界的な発生学者の笹井氏が理研での責任問題以上に小保方氏との親密な関係を揶揄されるようになる。

 

 特に毎日新聞女性記者の須田桃子氏や日本経済新聞社の古田 彩氏、サイエンスライター片瀬久美子氏、医療ジャーナリスト那須優子氏等の今考えれば頓珍漢で的外れな情報を世間に流していた。特に、未だ疑惑の雲は晴れやらぬうちから、須田桃子氏などは「捏造の科学者」を文芸春秋社から出版して大宅賞を受賞した。Nature論文の小保方氏の否定の上に偏向的な取材を行なった女性を科学にまるで頓珍漢な選考委員が優れたノンフィクション作品だと評価したのも軽々しい世論を代表している。

  

 週刊文春の取材目的が「あの日」に語られている。

「なぜ私たちが毎週のようにSTAP騒動を取り上げてきたか。理由ははっきりしており、読者の評判がよかったから。嫌らしい言い方をすれば、STAPを書けば部数が伸びました。  アンケートも毎週取っていますが、ずば抜けていい数字」などと、

ジャーナリストは真実の究明よりも、読者受けが良ければ良いわけだから、衆目を集める絶好の材料に狂喜していたのではなかろうか。 

 

 もっとも頓珍漢で無責任な報道をしたのはNHKだった。2014年7月27日に放送された、NHKスペシャル「調査報告 STAP細胞 不正の深層」がそれである。見かけ上、さすがに映像のプロやナレーションの巧みさから、不正に関する取材や証言などを一般視聴者には巧みな不正論文を作成しStap細胞を捏造したと信じ込ませるには優れたドキュメンタリーである。しかし、同じ著者の小保方氏と若山氏を最初から加害者と被害者として対比させたストーリーになっている。例えば、小保方氏のノートは示すが、若山氏のノートは示さない。若山氏の考える矛盾点の原因が小保方氏に向けられる。若山氏の証言を理由もなく重んじている。その裏付けを遠藤高帆氏の分析証言は何の疑いもなく是としている。その他いろいろな人物の証言を紹介して論文不正のいきさつを組み立てている。そしてStap論文を捏造と決めつけたまとめとして不正防止対策の海外取材を通して日本の対策遅れを述べる。そこに登場した世界的な科学者の笹井氏の重要な証言の吟味などは無視しているに等しい。

 

 科学者の信頼を最も失わせたのは日本の報道、特にNHKの科学文化部の記者達の全く頓珍漢な論理展開と無理やり捏造ありきの捏造ストーリーを作り、真実を捻じ曲げて、大々的に放送したたからに他ならない。報道された肝心なES細胞混入疑惑に関わる事実の科学的な裏付けなど全く無い「いい加減さ」のために未だに多くの人が小保方氏を攻め続けているに違いない。

 

 理研の委託した桂勲氏を委員長とする「研究論文に関する調査委員会」の報告では、

  1. Stap細胞はES細胞の混入である
  2. 混入者及び過失か事故かは不明である

と結論付けたが、その根拠となる証拠試料の細胞の分析結果をしっかりと時系列的に整理するとES細胞の混入説を受け入れられなくなってきた。

例えば佐藤貴彦(京都府立医科大学助教?)著の「STAP細胞 残された課題」には鋭く矛盾点を指摘しているし、前回の記事で示したように、FC2ブロガーの和モガ氏が、ES細胞混入偽装説を論理的に開示している。togetter.com/li/952535

  そうした謙虚に問題を科学的論理的な検証をしっかりできる人物がいることをNHKなどは知らなければならない。

 所詮、小保方氏がバカンティ教授から提起されたSpore-like Stem Cell仮説の検証からスタートしていて、スフェア細胞の多能性を評価しようとしていた。ES細胞を混入させるなどと発想する根拠はない。スフェア細胞のキメラマウスなどの多能性評価を世界一流の科学者に依頼、提出するのにわざわざES細胞に取り換えるなどは、馬鹿かキチガイでもなければやらない。そんなことを発想する第3者は前後の見境が無い愚か者である。 

 

 これまでのStap事件の経過は全ていい加減だった印象が色濃くなった。

 まず、小保方氏のような駆け出しの研究者の論文指導の問題もあるが、共著者間の協調性やコミュニケーション力の欠如など論文不正を防止する問題意識と危機感の欠如は日本の代表的研究機関からしてこの始末であった。理研早稲田大学東京女子医大も全てだ。

 更に、ネット社会に暴露される機密情報や陰謀的な言論活動の影響力の軽視が災いを拡大したことは確かだろう。

 だらしないことに、NHKや毎日新聞他様々な報道関係者のスクープ先取り姿勢や大衆迎合的な報道の自由の横暴に走り、偏向的な取材によって真実追求の深まりが観られなかった。上記のようなStap事件の背後にある問題点なども丁寧に調査も含めて、よくよく事件との因果関係を究明すべきたったと思う。

 

 最早、恐らく、画期的な発想を基に研究する若者は、今回の事件を知れば慎重になったことであろうし、わざわざ危険な日本では科学研究をするのは止めるに違いない。

今回のStap細胞研究は極めて基礎的な研究でマウスの赤ん坊での実験である。明らかに、実用化には様々なステップを経て解明される事実を応用するまで、研究者は絶え間ない研究を積み上げなければならない。

その程度の研究発表に日本社会が挙って一喜一憂した後、研究者が立ち上がれないようなバッシングをするのは超異常とは思わないだろうか?

 

 小保方氏にとって、出足で折角確保した研究手段も資格も信用も人格までも徹底して奪われるほどの大打撃を受けたが、いったい誰がそこまで打ちのめしたのか?

 心無いシニアの研究者、学者だけでなく、その研究者の肩を持つ科学ライターや科学記者の偏向的な熟慮を欠いた軽い批評姿勢があったし、継続している。

 また、掘り下げた公平な事実関係の整理も深めて核心を掴まずに、報道の影響力の大きさを深慮せずに、嘘の報道をして、小保方氏に打撃を与えただけでなく、有能な科学者を自殺に追い込んだと囁かれたNHKは軽率極まりない暴挙を行ったと云われてもしょうがない。

 

 本当にどうして、ここまで異常な日本社会の軽々しさと浅はかさがあるのか?

 日本人は雰囲気さえ細工すれば過ちを簡単に犯しかねない危うさに震えてしまう。何でもかんでも劇場型で取材しまくり、報道しまくる今日の状況は目に余る。

 最もいけないのが真実を追及していく倫理や論理の欠如が置き去りになることだ。 

 報道の自由は大切な面もあるが、NHKのような日本を代表する放送局は絶え間なく深慮ある事実と真実とに基づいて、継続的な真相の報道に尽してもらわないと日本は駄目になる。

 本件の場合のような素人に解りにくい科学成果などの報道について言うならば、科学文化部のレベルアップと科学的検証の強化が必要だし、間違ったことは逐次修正する謙虚な姿勢が是非とも望まれる。

 私はNHKがしっかりすれば、他の放送局も新聞も妙な報道はできなくなると思っている。